横浜市 港北区 鶴見区 在宅 訪問マッサージ・リハビリ・びわ温灸はたんぽぽマッサージ治療室

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たんぽぽ日和

今年最後の砂浴行ってきました!⛱

今年最後になる砂浴に、三浦海岸に行ってきました! 休みを取って参加したので、私はもう行けないというだけで、砂浴会の方たちはまだまだ9月中は行く予定満々だそうです。(o^^o)

 

本当に、気持ちのいい砂浴でした。こんな気持ちのいいことって、他にあるかしら。

「砂に入って3時間以上も何してるの?身動きできないんだろう?」

と弟が不思議がって聞くのだけれど、

「何も考えない。ポカーンと寝てて、うとうとしたり、波の音聞いたり、見上げると雲が流れていくのを見たり、海水浴客の話す声や子どもの叫び声をぼんやり聞いているだけ。」

 

今回は気持ちのいい穴を掘ることに成功したので、少しも動けないことで起こる不自由さとか辛さは感じず、ただただ心地いい時間を過ごしました。

ポカーンとすることって、いつもはないものなあ。ポカーンとしている間に、身体はデトックス、心はリラックス。砂浴、大好き。

もう一度行きたいなあ。お休み、もらおうかなあ、と考えています。(o^^o)

 

昨夜、久しぶりに2年前まで治療に来ていたAさんが電話してきました。

「お久しぶりです!覚えていますか?Aです!」

聞き覚えがある声、おや元気だった?と聞くと、

「なんとか。私、どうしても砂浴したいんです!連れてってください!」

きっとこのブログ見たので連絡くれたのね。

「はいはい、私はもう行けないけど、砂浴の会に紹介しますよ。ウエルカムだと思うから、ラインで繋がってね」

「ありがとうございます😊わーい!」

というわけで、新しいメンバーとなったAさん、きっと今週末から三浦海岸で、ポカーンと気持ちのいい砂浴を楽しめることと思います。

 

この会に私を誘ってくれたのが、治療に来ているKさんで、そこに私から紹介されたSさんが加わり、さらにAさんも。砂浴会は、会員が10名になりました。

「会費いくらですか?」

「実費だけです。パラソルの⛱借り賃1500円とスコップ1本頭割り200円くらい。交通費とお弁当代。皆んな親切で、砂浴のやり方も教えてもらえるし、おしゃべりも楽しいですよ!」

 

 

 

晩夏の八ヶ岳へ!🌻

夏の終わり、友だちの住む八ヶ岳へ娘と出かけました。

「こんなに暑い日、この夏はじめて!」

という友は、中学からの仲良しで、今年3月に横浜の家を売って、ご夫婦で越してきたばかりです。

 

高速バスを降り、そこからはご主人の運転する車で、八ヶ岳の素敵スポットを案内してもらいました。

若かりし頃行った清里の清泉寮、今その周囲は八ヶ岳を愛する人々が移り住んで、様々なモノを作り、観光客や別荘族に売っているお店が点々と並んでいます。見たことのない花がいっぱい咲いていました。

 

行列のできるイタリアンレストランで、一推しのカレーを頂き、お店を散策し、道の駅で採れたての野菜やパンを買って、その夜は友だちの山荘でご馳走になりました。(酔うほどに話が盛り上がります)

そして、友だちの家の隣にあるロッジで一泊したのですが、そのホテルの奥さんと話がまた盛り上がり、(奥さんはブンガク少女で、ご主人は詩人!)チェックアウトまで話し込んでしまいました。

 

次の日は、友だち夫婦の車で、とても古い神社⛩に案内され、お焚き上げをするという、木片に願い事を書いてきました。(火を司る神社だそうです)

オーガニックのマーケットに寄って、食材を買い、(マーケットはとても混んでいました)

山荘でバーベキュー。その前に、広い庭で、オオバコやタンポポの葉を摘ませてもらいました。富士山、くっきりではないけれど、その庭からずっと眺められました。

ああ、こんな所に住んでみたい!しみじみ思ったけれど、こういう所に住む友だちがいることに感謝するだけにしよう、と思うたんぽぽさん。(o^^o)

 

夕方の高速バスで帰りました。渋滞に遭い、帰宅したのが10時。やれやれ疲れた。

でも家が一番だなあ、とお風呂に入りながら思いましたね。♨️

 

夏が好き🐠

 仕事の途中、見事な雲の峰に見惚れてパチリ。

 

オリンピックも残すところあと3日です。

なんのかんのとあった一代イベントですが、わが人生2回目の、やはり興奮する日々であったことは間違いありません。

柔道、水泳、卓球、体操、バレーボールetc

テレビに釘付けで応援しましたね。(o^^o)

 

でも、日本中のコロナ感染者は増え続けるばかり。収束はまだまだ先のことのようです。

いつもなら遊びに来ているはずの九州の息子一家も来ないので、静かな夏です。

 

先週は、弟と娘の3人で諏訪にお墓参りに行ってきました。ひっそりとした炎天下の諏訪の町を歩き、ひっそりとお参りして、ひっそりと帰ってきました。日帰りでしたが、温泉に入り、お蕎麦を食べ、諏訪湖を眺めて、緊急事態宣言の中の短い旅をひっそりと楽しみました。

 

さて、私は20年ほど自転車に乗って患者さんを訪問する仕事をしていますが、じつは夏が好きなんです。汗かきだし、坂道はしんどいけど、夏草の生い茂る草原や、のうぜんかづら、百日紅、夏の花たちを眺めながら走り、時々木陰で水筒に入れた冷たい水を補給したりして訪問先に着けば、そこは涼しいオアシス。^o^

 

年もとったし、そろそろ夏がキツいかなあ、と思ったりするけれど、いやいや寒い冬よりずっといい、この季節が大丈夫なうちはこの仕事をやっていけるな、と確信するたんぽぽさんなのでありました。^o^

 

 

砂浴行ってきました❗️⛱

土曜日、三浦海岸で砂浴してきました!

 

砂浴は、砂に入ることで毒素を抜く、という民間療法のひとつです。

一昨年は2回、残念ながら昨年はなかなか都合がつかず不参加、そして今年は3回目の参加が叶いました。^o^

 

今回は、砂を掘ることに少し失敗して、途中で足が痛くなり、身体をもぞもぞしてなかなか落ち着けませんでした。

次はこう掘って、ああ掘ろう、とあれこれ考えながら、それでも海風は心地よく、気持ちのいい一日を過ごしました。

砂浴を愛するメンバーは、毎週これからもここで砂に埋もれ、太陽や海風を満喫して過ごすそうです。🏖 

 

帰りは、八百屋さんに寄って、搾りたてのスイカジュースを飲み、家路に。

早くシャワー浴びたいよー。🚿

次の日も耳から砂が出てきたり、砂浴の余韻が続きました。また行きます!^o^

 

 

 

 

エピソード⑤シノさんの話

懐かしい患者さんの話の第5段。

さあて誰にしようかな、と思ったら、「俺も書いてくれよ」とシノさんの顔が浮かびました。

そうそう、こんな顔。今現在生きているのか亡くなっているのかわかりませんが、忘れられない患者さんの一人です。

 

「あんたが未亡人なら、都合がいいや、俺と所帯を持とうや」

訪問して2回目に、私の話をしたとたん、こう切り出したのにはビックリしました。私が笑い出すと、ムッとした顔で、

「冗談にきまってるだろ、本気にするなよ」

とプイと横を向く。

そう、シノさんを書くにあたって、なかなかの人物であることを証明するエピソードなのでした。(o^^o)

 

さて、一言でシノさんを言い表すと、

「困ったちゃん」。

介護やマッサージの対象者と考えれば、こんなにやりにくい人物はいません。

シノさんは、左マヒの脳梗塞の患者さんというだけでなく、病気を苦にして自殺未遂を起こして、残念なとことにマヒが進行、絶えず痛みを訴えるメンドクサイ(ごめんなさい)患者さんなのでした。

 

ヘルパーさんも大変で、しょっちゅう代える。

「あの人は太ってて汗かきだから代えて」

「話し方がつっけんどんだからイヤ」

こんな調子でしたから、当然マッサージにしても、文句ばかり。

「痛みがひどくなるよ。今日は触らないで」

そう言われたってなあ。確かに痺れがいつもある人は、マッサージしても増幅することはあっても、痺れをなくすことはできません。

ビワのお灸は熱くていや、気功すると気持ちがわるい(何故だろう?)

じゃあ、やめましょう、となるかと思ったら、「話し相手になってくれ」

アラビアンナイトのシェラザードのように、千夜一夜わがまま王に話を聞かせるような気分。

でもこれも治療、と割り切って話をするようになりました。

 

話をするのは大好きだし、話を聞くのも楽しいから、私はじきにシノさんのお友達に昇格しました。^o^

話してみると、彼は人間として面白く、波瀾万丈の人生模様も物語として興味深いものでした。

 

シノさんは、地元の生まれで、3人兄姉の末っ子。ご両親は戦後、書道の先生と三味線の師匠というお仕事でした。お兄さんは俳句の結社をしていて埼玉の方に暮らし、お姉さんは、じつは私に電話でマッサージの依頼をされた方で、シノさんのキーパーソンです。

「姉には、義兄ともども頭が上がらないの。こんな弟の面倒を全部みてくれてるからね」

とシノさんのいうように、まめにご飯を持ってきてくれたり、ときに弟を叱りつける、といった役回りで、私もお姉さんからよく相談を受けました。

 

シノさんは、競馬が生き甲斐。脳梗塞で倒れたのも馬券場でしたから、仕事(シノさんは優秀な原発の機械を点検する技術者として、全国の原発を回っていました。)の合間に全国の競馬場でギャンブルをしていたという筋金入りのギャンブラーでした。(^◇^;)

「それもね、ただの賭け方じゃないの。いつもVIPルームにいて、馬券は端から買うんだよ。全部よ。ついてる時はすごかったなあ」

競馬なんて知らなかった私に、競馬の世界の裏事情から、馬愛について語るシノさんは、もう目がキラキラ。

お姉さんがしみじみ言ってらした。

「ギャンブルさえやらなかったら、仕事のできる頭のいい人間なんだけど。女房子どもだって出ていかなかったのに」

そうだろうなあ。(^^;)

 

シノさんは、お馬の他に好きなものがありました。

「子供の頃の夢は、生物学者。とくに昆虫が好きで、家にどれだけ標本作っていたかなあ」

だから昆虫のこと、植物のこと、じつに詳しかった。ある日、家にあった昆虫図鑑を持っていくと、飛び上がって喜びました。

一緒に散歩に行ったことがあって、その時は地面に死んでいた蝶について教えてくれました。

「この蝶は渡り蝶で、渡りの途中で死んだやつだ。羽の下が赤いのは婚姻色だから、交尾したあとに生き絶えたんだろうなあ。」

蝶の名前は忘れてしまったけれど、この日はトンボや蜂、花の名前も詳しく解説してくれて、シノさんが、困ったちゃんじゃなくて、とても素敵な人物に思えましたっけ。(o^^o)

 

医者とも仲がわるく、どれだけのバトルを繰り返したことか。

「頼んでいた薬を処方してくれないんだ。医者代えたいけど、骨折ってくれない?」

骨折ってもいいけど、どんなお医者さんに頼んでも、うまくいかないだろうなあ。こんなわがままな患者、嫌がるだろうなあ。

 

そんなある日、ケアマネから電話で、

「緊急入院しました。私もまだ経緯がわからないけれど、しばらくマッサージお休みしてください」

自宅で倒れたそうで、そのままケアマネから連絡はありませんでした。

大分経って、シノさんから震えたような筆跡で手紙が来ました。

入院しているけど、まあまあなんとかやってる、今までありがとう、という心のこもった感謝の手紙でした。シノさんのことだから、入院生活大変だろうなあ、でも頑張って、と心の中で応援しました。(病院名は書いてありませんでした。)

 

以前シノさんに、もし元気になったら、何がしたい?と質問したことがありました。

「もちろん、お馬さんだよ!」

それから、少し寂しそうに、

「大きくなった娘と息子にも会いたいなあ」

 

 

 

 

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