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たんぽぽ日和

息子の講演会❗️

土曜日は、杉並区で聴覚障がいの息子の講演会がありました。

杉並区は、夫が亡くなるまで住んだ所です。

そこでの講演会は、九州に住む息子の夢だったようです。

講演の内容は、息子が漫画家(サラリーマンをしながらですが)になった経緯が第1部、2部は亡き祖父の戦争体験と祖父との思い出です。

 

杉並ろう協会の主催で、初めての講演会だったので、進行があたふたしたり、手話通訳の人が(息子の手話を通訳する)なかなか慣れずに誤訳をしたりと、色々ありましたが、とても熱のこもった良い講演会でした。(親バカですが)若い日の夫や私の写真がアップされると、「お母さん、若い!」の声も。(o^^o)

 

小中学校、ろう学校、職業訓練校などの同級生や先生方も来てくださり、私も懐かしい方々に久しぶりに囲まれて嬉しかったです。

 

息子を育ててきた時と、今の聴覚教育は大分違ってきていて、口話法(補聴器をして手話を使わず、訓練で声を出すやり方)はなくなり、手話を言語として使うようになりました。

ですから、いまの難聴児は手話だけで話をしています。手話は外国語と同じ、コミュニケーションを取るためには、周りが手話を覚えて話さなくてはなりません。

私は手話ができず、息子とは口話だけで(伝わらない時は指文字や字を書く)話していますが、ほとんど通じますね。複雑な話をするときは、嫁のいる時は嫁の手話、2人の時は紙に字を書きながら話します。

声を文字に変換する器械もあるのですが、誤訳が多くて、笑ってばかりで話になりません。

何かの話をしていて、「あの人顔変だから」とか「そこにウンコ置いて」とか、どうすればそう聞こえるのか不思議ですが、文字に変換されると、お腹をよじって笑ってしまいます。💦

 

とまあ、口話法と手話でコミュニケーションをとる息子が言うには、「俺は口話で話ができて本当に良かったと思ってる。でも、手話が外国語のように市民権がもてて、皆んなが覚えてくれたらもっといいなとも思う」

そうですね。私も手話覚えなくては、とつよく思う母なのでした。(^^;

 

霜月雑感

Sさんが退院して1週間以上経ちました。

オムツ問題は、導尿カテーテルを看護師さんがつける事で、なんとか解決したそうです。

 

Sさん宅を訪問すると、妹のKさんは、3日めで大分介護疲れの様子でしたが、家での介護への覚悟ができたようです。それまでは、病院という選択肢を捨て切れず、在宅で看取る自信がない、と言われていました。

しかし、家政婦さんが、かなり勇み足で家をかき回すことがあり、姉妹にとってやりにくいという事だったので、在宅介護はストレス無く、風通し良く過ごす事が大切!とお話ししました。だって、Sさんにとって最期の大事な大事な時間じゃないですか。

Kさん、すぐにあちこちに電話をして、家政婦さんを変更することに成功、

「やっとこれでストレス無くなった〜!」

とふたりで喜んでいました。

でもでも、これからが大変なのです。

頑張れ!SK姉妹!

 

写真は、夕景の鶴見川。

寒くなってきて、家でもコタツを出したり、石油ストーブを使うようになりました。

今年は、上の孫の高校受験があり、息子一家の帰省がなくなったので、コタツに潜り込んで騒ぐ孫たちの声も聞けません。

静かなお正月になりそうです。  

 

さて、コロナの影響で、詩の同人誌の忘年会が中止になりました。本当に残念でなりません。

来週は、息子だけ上京します。土曜日に杉並区で講演会があるのです。息子にはもちろん、私にとっても懐かしい先生や友だちが聞きにきて下さいます。

夫と暮らし始めて、家族をもち、夫が亡くなるまで暮らした杉並。息子からラインで、「暮らした家や小学校(もうなくなっているそうですが)見に行かない?」との誘いがありました。

もう行かないだろうなあ、と思っていましたが、こんな機会がなければ足を運ぶことはないでしょう。

「はいはい、一緒に行ってみようか」

返信したら、きゅうに懐かしい日々が蘇ってきて、胸が熱くなりました。

 

 

 

 

 

 

 

最近のトイレ事情

え〜! もう11月? 早い!

カレンダーをめくりながら心で叫ぶのは私だけ?

11月は、私の誕生月であり、夫の命日のある月でもあります。

27日の命日には、詩の会の久しぶりの忘年会があり、その前日には聴覚障害の息子の講演会が杉並で開かれます。

長年家族と暮らしていた杉並なので、当日には息子の恩師や友だちなど、懐かしい顔ぶれが集まるそうです。大丈夫か、息子?

 

さて、今回の話題は、今とても気になっているシモの話「トイレ事情」です。

 

夫が亡くなってすぐ、私は横浜の職業訓練校に通い始めました。ヘルパー1級の資格を得るためです。

そこで、実習の講義の後、オムツを1枚ずつ渡されたことがありました。

「宿題です。この中に排泄してみること」

え〜え〜

 

頑張りました。夜オムツをして、トイレに行きたくなる度に頑張りました。

ところが、出ないのです。大はもちろん、小の方も一滴も出ません。お腹はぱんぱんなのに、です。膀胱炎になりそうになったので、諦めました。(^^;)

 

この時、トイレに行って出すことは、人間最後の、人間らしくあるための砦かもしれないな、と思いました。

 

しかし、です。

この、オムツに出す行為が、今どれほど重要か、が問われています。

末期がんのSさんが、入院中の緩和ケア病棟を退院勧告されているのです。

どうしてもトイレでしか排泄できないSさんは、足腰が弱り自力で立てなくなったので、介護士さん2人ががりでポータルトイレに移動しているのですが、この人手不足の折、度々のコールに病院側が音をあげたという訳です。

 

オムツにさえできれば、家での介護もできるのです。妹さんも頭を抱えています。

「だって、どうしても無理なんだもの」

わかるけど、なんとか頑張ってほしい!オムツにするだけじゃん!と思ってしまう私。最後の砦は、人間の尊厳を諦めることなのかもしれない。

 

トイレの話題もうひとつ。

施設に住む四肢マヒの患者Iさんは、ナースコールを隠されました。

度々トイレの要請があるのですが、Iさんの場合、重い身体を車椅子に乗せてトイレに連れて行っても、なかなか出ない。便秘なのです。

どんなに待っても出ないので、ベッドに戻すとすぐコール。何回も繰り返すのに、ほとほと疲れて、呼ばれて部屋に行くと、

「ごめんね。出ちゃった・・」

そんなやりとりがあって、Iさんがコールすると、

「オムツにしてください!」

とコールの向こうから職員さんの声。

そして、ナースコールが隠されました。

 

今、Iさんは、オムツに排泄しています。職員さんは取り替えに来ます。

人間の最後の砦は、かく壊される。これが現実なのです。仕方のないことなのかもしれません。(ため息‍)

 

今回は辛い話題にお付き合いくださってありがとうございました!‍♀️

 

うわあ。前回のブログにそっくりに近い内容が!(^_^;)

ボケたか、私! でも、余程思い悩んでいる案件なのだ、と察してお許しください。

m(._.)m

 

 

 

 

 

 

 

 

神無月になりました🌾

すっかり更新をサボっておりました。σ(^_^;)

 

友だちから「たんぽぽ日和どうしたの?」と催促があり、しまった、でも読んでくれてて嬉しい、と思う私。

書くことは山のようにあるのに、ただ怠惰・・

そういえば、信州育ちの母が、

「ずくが無い」

と良く言ってました。だらしない、とか怠け者という意味でしょう。

写真は、家の前の垣根に咲く金木犀。今年はそんなに匂いが強くありませんでした。

 

さて、昨日は土砂降りでした。

ようやく辿り着いた蕎麦屋「風の陣」は、よくこのブログに登場しますが、訪問患者Iさんの施設のすぐ近くにあります。

そこでびしょ濡れの雨具を脱いで、今年初のニシン蕎麦を注文すると、Iさんの施設の職員さんから電話。

「午前中Iさんが受診していたクリニックから電話で、診察が遅れて帰りが遅くなるそうです。

今日はキャンセルにして下さい」

ええ〜!Σ(‘◉⌓◉’)

「今風の陣でお蕎麦を注文したところなんです」

と言うと、いつもの職員さんは、

「ごめんなさい。お気の毒です。」  

と笑ってくれました。

 

次の患者さんまで時間があったので、ゆっくりお蕎麦を食べ、山を下りました。風の陣もIさんの施設も山の上なのです。^o^

 

先月お見舞いに行ったSさんが、どうしても退院したい、と言い出され、本当に困りました。

家で最期を迎えたい、という望みを叶えるには、どうしても越えなければならない問題があるのです。それは夜間の排泄。Sさんは、どうしてもオムツにはできないのです。

脚力が弱くなったSさんは、人に抱えられてポータブルに座って用を足しています。夜間は1時間から2時間おきなので、介護者が側にいないとできない。それが主な原因で緩和ケア病院に入ったのですが、家に戻るためには、その問題をクリアしなければなりません。(夜間の家政婦さんは、1 晩2万かかるのです。)

私もヘルパーの学校で、オムツで用を足す、という宿題が出たのですが、どう頑張っても出ませんでした。(^^;)

そして、頑張ってこの問題と向き合ったSさんは、疲れ果てて言いました。

「もう無理。ここで暮らす事にするわ」

たったこれだけのことなのに、とは言えません。家で最期を迎えさせてあげたい。Sさんの望みが叶いますように!

 

急に寒くなりました。毎年届けてもらっている灯油屋さんに今年の灯油の値段を聞くと、「1缶2380円です。まだ上がるでしょうね」と言われました。何もかも値上げ、今年の冬はとりわけ寒さがこたえそう!

 

 

 

 

 

 

名月の夜🎑

一昨日は十五夜でした。

わが家の名月は、無風流だけど、自転車置き場越し。(o^^o)

美しい大きなお月様でした。

子どもの頃、縁側にお団子やススキをお供えして家族で見たことを思い出します。

昔はこんな風習が当たり前のようにあったんだなあ。豆まきも、大豆を炒ったものを撒いたり、柊とイワシの頭を玄関に飾ったり、ちゃんと家庭の行事として行われていましたね。

 

昨日は、Sさんのお見舞いに行きました。

Sさんは、やはり治療室に来られているK

さんのお姉さんで、身体のあちこちに腫瘍ができてしまう病気でした。

3年半前に、病院に検査に出かける朝、急きょうちの治療室に二人でやって来られました。

「病院には行かない、民間療法で治してみたい」と言われて、ビワのコンニャク療法と、ケイシー療法を始められました。

1年して、マコモ療法にも取り組まれ、一時は全部の腫瘍が小さくなる驚きの結果を出すほどに。

しかし、楽観的で呑気なSさんは、次第に療法をサボるようになり、ここ1、2年は訪問するたびに気力を失われていきました。腫瘍は大きくはならないけれど、肺や心臓に小さい腫瘍がたくさんできて、呼吸の苦しさ、肺に水が溜まる

といった症状に悩まされます。

月1回訪問治療していましたが、8月が最後になりました。Sさんは緩和ケア病院に入られたのです。

 

今ならどこの病院も厳しい面会の規制がありますが、その病院は1時間の区切りで、2名までのお見舞いが許されています。清潔で、驚くほど看護師やヘルパーさんたちが感じが良く、ケアも行き届いています。

8階の病室からは、遠く海まで望むことができました。

それまで、人生で数えるほどしか医者や病院と関わってこなかったSさん。家で死にたいの、とずっと言って来られたのに、

「Sさん、今どんな気持ち?」と聞くと、

「安心ですね」と一言。

妹さんや介護の人がしょっちゅう来ていたとはいえ、独居の住まいの夜は不安だったのでしょう。

「でも、いつだって帰ってきていいのよ、ベッドもそのままにしてるからね」

と妹さんが言うと、にっこりされました。

面会の間、手足をさすっていましたが、妹さんの持ってきた餃子やトウモロコシを少し食べたり、おしゃべりしたりとあっという間の1時間。

 

どうかまたお見舞いできますように。

SさんもKさんも私とつよいご縁で結ばれているのです。

「今度は私が先生の治療室に行きますね!」と嬉しい言葉をいただきました。^o^

 

 

 

 

 

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