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たんぽぽ日和

映画リーディングを観てきました!

映画「リーディング」は、白鳥哲監督作品で、1800年代にアメリカ、バージニアに生まれたエドガー・ケイシーについて描かれたものです。

写真はエドガー・ケイシーその人ですが、この方は知る人ぞ知る、不思議だけれど、素晴らしい偉業を多く残した人物なのです。
彼は23歳の時、声の出なくなる難病にかかり、西洋医学では治らないと言われたため、催眠療法を受けることになったのですが、彼の口で語られたのは、彼が自分の難病を治すための療法だったのです。
その通りにすると、彼は声を取り戻しました。

そして、以来彼は様々な病気を治すやり方を、催眠状態で語り始めました。それは医師に見放された病気の治し方ばかりで、彼自身は医学を学んだ人ではないのですが、専門的な医学用語を使って、詳しく説明したのです。
彼の言葉は書きとられ、その療法は1万近くに上り、今もきちんとケイシー記念館に保存されています。

私がエドガーケイシーを知ったのは今から10年ほど前でしょうか、乳がんの患者さんからでした。
そして、その方と、実際にケイシー療法をされている、自由が丘の鍼灸院「聡哲治療院」を訪れたのです。
そこで、オオバコを擦り、生クリームと合わせて湿布を作る現場を体験しました。ケイシー療法でした。
それまで、びわ温灸での治療しか知らなかった私にとって、本当に驚きであり、ケイシーという謎に満ちた、素晴らしい・・予言者とは違う、神がかった人物にとても興味を覚えました。

ケイシーは、様々な民間療法の他に、マッサージや精神療法、前世療法などを伝え、決してそれで儲けようともしないで、沢山の患者を救いました。
今も、そのやり方を実際に忠実に行って、がんを克服したり、闘病中の方が多くいるそうです。

たんぽぽさんの今年のテーマは、ケイシー療法を学んでみたい、マッサージも会得したい、ということになりそうです。(^^)

おめでとうございます🍾

今年もよろしくお願いします。

 

暮れの26日から来ている、九州の息子一家とお正月を迎えています。(^o^)

 

小5の孫娘、小3、年長さんの男の子3人が、所狭しと家中を走り回り、嫁の怒号が追いかけるという、いつものわが家の正月風景です。(^^)

暮れの掃除は、嫁が掃除用具持参で、張り切って台所を中心にやってくれました。今回からは孫娘も参加、行き届かないそこここを掃除してくれて、感謝感謝です。

 

それにしても、つくづく3人の子育ては大変だなあと思います。その上パート仕事にPTA会長の仕事、手話サークルのあれこれもこなす嫁のエネルギーには脱帽、エールを送りたい。

また、難聴の息子も、サラリーマンと漫画家の二足の草鞋を履いて、実に忙しい毎日を送っています。無理するなよ。

 

かく言う私も、今年はやりたい事がいっぱい。

色々と実現していくぞ、とまだまだやる気満々のばぁばなのです。

孫が言ってくれました。

「ばぁばは、もっと若いのかと思ってた」

ありがとう!!(^O^)

 

叔父の見舞いに鹿教湯へ♨️

叔父(母の弟)が、いよいよ良くないということで、病院のある鹿教湯温泉へ弟と行って来ました。

 

新幹線で上田まで2時間弱、その先はバスで1時間10分ほど。鹿教湯温泉には、大分昔叔父の車で連れて行ってもらったことがあります。叔父には可愛がってもらいました。

 

叔父は若い頃、結核の手術で片肺のため、やはり呼吸器が弱く、血液に二酸化炭素が多くて、いつ意識不明になるか分からないとの事。

でも、この日は小康状態で、話もできました。

 

色々話していて、どうも気になったのは、叔父のベッドの反対側に、なぜかずらりと車椅子の患者さんがこちら向きで並び、そこで食事が始まった事でした。

どうやら食堂がなく、この部屋に集められて食事しているらしい。(汗)

叔父との話は、すべてヒマそうな車椅子の患者さんも聞いている様子。彼らとて不本意でしょうが。f^_^;

 

美食家の叔父に買っていったお土産のお菓子は、ゆかりのお煎餅とヨックモックでしたが、

「ゆかりはいいね、大好きだよ。後でもらうよ」と、ちょっと嬉しそうな反応をして、表情の無かったおじちゃんの顔に懐かしい笑顔が浮かびました。その昔、別所のアランドロンと騒がれた人です。(^^)

30分ほどいて、病院を出ました。

 

バスまで大分時間があったので、信州蕎麦を食べた後は、町営の温泉へ。貸し切りの露天風呂を満喫しました。

 

おそらく叔父とは今生の別れになるのでしょう。寂しいけれど、これが無常というもの。

それにしても、弟とよく喋った日帰り旅でした。疲れました。(^-^;

 

写真は、町営の温泉のそばにある、珍しい屋根付きの橋です。

 

 

 

 

 

 

 

お登紀さんのコンサートに行ってきました!(^o^)

加藤登紀子の「ほろ酔いコンサート」に行ってきました!

 

たんぽぽさんのお登紀さんファン歴は長い!

初めて日比谷の野音に行ったのは、お登紀さんの初めての妊娠中のことで、獄中の藤本敏夫さんとの結婚の話題は世間を騒がせたものでした!

 

大きなお腹で歌うお登紀さんは、未婚の私に「何てカッコいい!」とうならせましたね。

そこには誰と行ったのかな?

 

それから野音の常連になり、ずっと夫と行っていましたが、子どもができてからはご無沙汰で、子どもが5歳頃、その頃藤本さんがやっていた無農薬野菜を売る「大地の会」の敷地内でのライブに3人で参加しました。

その時、なぜかお登紀さんから声をかけてくれて、「貴女たちに会ったことあるわよね」思わずうなづいちゃったけど、忘れられない思い出。私も夫も胸がいっぱいになったっけ。

 

以来、何回コンサートに行ったでしょう。

お登紀さんファンはじつに多くて、どどどっと中高年のファンが押し寄せます。彼女は舞台の上で日本酒を飲み、飲みながら熱唱します。

お登紀さん作詞作曲の歌、ロシアの歌、革命の歌、愛の歌、民謡、ひばりの歌、ピアフの歌・・

 

7歳も上なのに、今も美しく、ガンガン活動を続け、歌ばかりでなく本を書いたり、世界に活躍の場を広げている彼女に、どれだけ励まされたことでしょう。

 

おっと、お登紀さんのこととなると、つい熱くなる私。

今回もロビーで振舞われる大関を紙コップで飲みながら、友だちに

「ねえ、お登紀さんって、美人よね、大好き、彼女の顔」

と言ったら、

「美人かなあ」

とパンフレットを眺めながら首をかしげる友。

なによ〜!(● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾

 

 

 

遠隔ヒーリングについて

気功、ヒーリングを学んだのは、夫の闘病が始まってから。

なかなか夫がこの世界を学ぶことに理解を示してくれなかったので、なんとか了承を得るのに1年以上かかりましたね。(^_^;)

道場で勉強して夫を治し始めると、彼も興味を持ち自分も学びたいと言い出して、同じ道場に通いました。

結局のところ、夫を救うことはできなかったけど、共に氣功を学んだ日々は、夫亡き後、2人の子どもを抱えた私の生活を支え励まし、治療師という天職を与えてくれたことに繋がったと思っています。

 

道場で学んだ氣功は、4年前、ニューヨークの小林健先生に出会ったことで、大きくその幅を広げました。

この量子波ヒーリングは、その力を確信できるばかりでなく、理論的にも、方法論としても私のものになったと思います。(^^)

 

ヒーリングは、人を治す力を持っていますが、その力は空間を超えて、どんな遠いところにも飛ばすことができます。

これまで私は、サービスとかオプションとして、施術している患者さんに送っていました。また、頼まれれば、家族友達にもしょっちゅう送っています。それで楽になってくれたり、感謝されるのが私の喜びでした。これは今もこれからも変わりません。

 

さて、遠隔に確信を持つようになり、それを仕事にすべきでは、と健先生や他の治療師にも勧められ、数ヶ月前から遠隔治療を料金を頂いて始めることにしました。

最初の遠隔患者さんは東北のHさんで、カルテを書きながら、色々話をしながら始めました。

なにしろ送るのは会ったことのない人ですから、症状によっては時間がかかったり、痛みや問題を治していくので、戸惑うこともありましたが、信頼関係を作ることができたと思います。Hさんは問題を大分解決できて、いまはたまに送っています。

 

見えない気の力で治すこと。不思議と思われるでしょうが、本当のことであり、素晴らしい治療法だと思います。

さて、今夜も遠隔ヒーリングやります。

たんぽぽさんの遠隔ワールドへようこそ!(^o^)

 

 

 

 

 

 

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